三大駅伝で目覚ましい活躍を見せている創価大学駅伝部の榎木和貴(えのき・かずたか)監督。
2025箱根駅伝での活躍も期待されていますが、榎木和貴監督の妻や息子など家族の情報は分かっているのでしょうか?
経歴プロフィールにも関心が集まっている榎木和貴監督の家族構成を確認していきます。
榎木和貴監督の家族構成
榎木和貴監督の詳しい家族構成は明かされていません。
創価大学駅伝部の選手たちは「白馬寮」と呼ばれる学生寮で暮らしていますよね。
ただ、榎木和貴監督の家族が白馬寮で一緒に住んでいる、という情報は確認されていません。
榎木和貴監督のX(旧Twitter)やインスタを調べてみても、家族のことに触れる場面は一切ありませんでした。
抜群のルックスにも注目が集まっている榎木和貴監督ですが、結婚した妻はいるのでしょうか?
榎木和貴監督が結婚した妻は?
榎木和貴監督は結婚しているものの、妻の名前や顔画像は公表していません。
東国原英夫さんとのツーショット画像を見てみると、榎木和貴監督の左手薬指に指輪があるのを確認できますよね。
左手薬指にはめるのは結婚指輪の可能性が高いので、榎木和貴監督は妻と入籍済みと認識するのが自然な流れでしょう。
でも、創価大学駅伝部の白馬寮に妻が通っている様子も見られませんから、榎木和貴監督の結婚相手は一般企業で働いているのかもしれませんね。
続いて、榎木和貴監督に息子がいるのかどうかを確認していきます。
榎木和貴監督に息子はいる?
榎木和貴監督と結婚した妻との間に子供が1人以上いるのは確定しています。
息子がいるのかどうかは分かっていないものの、榎木和貴監督はOCEANSのインタビュー(2020年10月)で子供の存在を匂わす発言をしていました。
「『自分の子供くらいの歳の差なので』という学生のことをしっかり理解するために、数カ月ごとに全員と個人面談をしているという。」
引用:OCEANS
子供と同じくらい歳の差がある学生に指導する難しさを語っていた榎木和貴監督。
2020年10月時点で大学生と同年代の子供がいることを匂わせたのは間違いないと思います。
現在(2024年12月)では子供は25歳前後の年齢になっている可能性が高く、一般企業に就職して社会人として奮闘しているのではないでしょうか。
最後に、榎木和貴監督の経歴や学歴などプロフィールを掘り下げていきます。
榎木和貴監督の経歴・学歴プロフィール
榎木和貴監督の経歴・学歴をまとめると、宮崎県の小林高校から中央大学へと進学していて、2019年から創価大学駅伝部を率いるようになりました。
簡単なプロフィールを表でまとめたので、どうぞご覧ください。
名前 | 榎木和貴(えのき・かずたか) |
生年月日/誕生日 | 1974年6月7日 |
年齢 | 50歳(2024年12月時点) |
出身地 | 宮崎県 |
身長/体重 | 176cm/57kg(現役時代) |
学歴 | 小林高校→中央大学 |
職歴 | 旭化成→沖電気→トヨタ紡織→創価大学 |
職業 | 陸上競技(長距離)監督 |
榎木和貴監督は創価学会の学会員って本当?と噂されているので、経歴や学歴を詳しく掘り下げていきましょう。
学歴(小中高)
学歴(中央大学)
実業団(旭化成)
監督時代
創価学会員って本当?
学歴(小中高)
父親が警察官だったこともあり、小さい頃の榎木和貴監督は引っ越しする機会が多く、宮崎県内のあちらこちらに住んでいました。
中学進学前までは剣道に打ち込んでいたものの、小学校の陸上宮崎県大会で何度も入賞を果たし、長距離ランナーとしての素質の高さを示していたとのこと。
1日2km以上のランニングを欠かさなかった榎木和貴監督は中学進学後に陸上選手へと転身していて、九州中学駅伝大会でチームの初優勝に貢献しています。
3年続けて全国中体連陸上に出場した実績を評価され、駅伝強豪校の小林高校へと進学。
全国高校駅伝に3年連続出場を果たしていて、区間賞獲得や表彰台の3位にチームを押し上げる活躍を見せたのです。
学歴(中央大学)
小林高校時代の恩師・冨永博文さんの出身校だった中央大学へと進んだ榎木和貴監督。
大学3年(1996年)の箱根駅伝では4区で4人抜きの快走を見せ、チームの総合優勝に貢献しました。
三大駅伝の中でも箱根駅伝との相性がとても良く、4年続けて区間賞獲得(史上7人目)の快挙を成し遂げたのです。
中央大学時代は駅伝部主将を務めていた榎木和貴監督なので、学生の頃からコミュ力の高さを発揮していたようですね。
実業団(旭化成)
中央大学卒業後、実業団の超強豪チーム・旭化成へと入社。
2000年(25歳)の時には別府大分毎日マラソンで見事優勝(2時間10分44秒)を果たすなど、実業団のトップランナーとして活躍しました。
ただ、中央大学時代からの懸案事項だった「坐骨神経痛」の症状が悪化してしまい、29歳になったタイミングで旭化成を辞め、沖電気へと移籍。
沖電気では女子陸上部のコーチに抜てきされたものの、現役復帰の夢を叶えることはできませんでした。
監督時代
榎木和貴監督は2007年にトヨタ紡織へと入社し、コーチ業を経て2011年に監督就任を果たします。
ニューイヤー駅伝でトヨタ紡織を7位入賞に導いた実績を残した後、2019年2月から創価大学駅伝部の監督を任されることに。
実業団から学生駅伝への移籍に伴い、苦労する部分も多かったかと思います。
ただ、就任1年目の2020年箱根駅伝で創価大学を総合9位に押し上げ、チーム史上初となるシード権獲得の快挙を成し遂げたのです。
2021年箱根駅伝では往路優勝を果たし、総合2位の大躍進となった創価大学駅伝部。
榎木和貴監督が就任してからチームが見違えるように強くなりましたし、箱根駅伝の総合優勝に手が届く位置まで強化が進んでいるのは間違いないですよね。
創価学会員って本当?
榎木和貴監督が創価学会員の可能性はゼロに近いと予想しました。
なぜ創価学会員ではない、と言えるかというと、榎木和貴監督は学生時代に創価学会系の学校に通っていないからです。
実家が創価学会員だったのであれば、創価大学に進学するケースが多いのですが、榎木和貴監督は小林高校から中央大学という学歴になっていましたよね。
さらに、創価大学駅伝部は学会員じゃなくても入部可能、という情報もあります。
よって、榎木和貴監督は創価学会とは無縁の人物で、陸上競技の指導力を買われてスカウティングされた、と考えるのが自然ではないでしょうか。
まとめ
榎木和貴監督(創価大学駅伝部)と結婚した妻が誰なのかは分かっていないものの、過去のインタビュー記事で息子の存在を匂わせたことがあります。
小林高校から中央大学という学歴が判明したほか、トヨタ紡織を経て創価大学駅伝部監督に就任する、という経歴プロフィールも分かっている榎木和貴監督の更なる活躍に期待したいですね。